しずさんの日常とロルフメソッドのこと
2010-07-08 21:38:34
ほどけるほどける 光の呼吸
↑なんだか、魔法のことばみたいですねー(笑
書いてて思いました。
今日はいつものヨガの時間に、イメージをたくさん取り入れてやってみました。
”制限は自分が作っているもの”なのだから
自分でほどく事も、緩めることも、伸ばすことも出来るはずです。
それで、いつものポーズをしている時に、
突っ張っていたり、固まっているなーと感じる所に
呼吸と光を入れて緩めたり、ほどいたりしてみました。
すると、おもしろいほどスルスルゆるんでいくのがわかって・・
意識をむけるのと、ただ動かしているのでは、全く違うな~と感じました。
これ、おもしろいので次回のレイキ交流会で
光の呼吸法とからだの感じ方を融合した、ストレッチ&呼吸法として
ご紹介してみたいと思います。
普通に呼吸を入れていくのもいいんですが、レイキの呼吸法で光を入れてい
くと効果倍増です。
個人差はあるでしょうが、セルフリリースに役立ちそうです♪♪
書いてて思いました。
今日はいつものヨガの時間に、イメージをたくさん取り入れてやってみました。
”制限は自分が作っているもの”なのだから
自分でほどく事も、緩めることも、伸ばすことも出来るはずです。
それで、いつものポーズをしている時に、
突っ張っていたり、固まっているなーと感じる所に
呼吸と光を入れて緩めたり、ほどいたりしてみました。
すると、おもしろいほどスルスルゆるんでいくのがわかって・・
意識をむけるのと、ただ動かしているのでは、全く違うな~と感じました。
これ、おもしろいので次回のレイキ交流会で
光の呼吸法とからだの感じ方を融合した、ストレッチ&呼吸法として
ご紹介してみたいと思います。
普通に呼吸を入れていくのもいいんですが、レイキの呼吸法で光を入れてい
くと効果倍増です。
個人差はあるでしょうが、セルフリリースに役立ちそうです♪♪
2010-07-05 09:18:16
自分の中の勝ち犬・負け犬
ゲシュタルトセラピーの百武正嗣さんの本を読んでいます。
「からだ」から今の心の状態を感じるのがゲシュタルト療法。
分析やアドバイスは一切しない。
自分のきづきが癒しになっていくことを大切にする。
からだは心そのもの。どうやって感じていったらいいのか・・という
ゲシュタルト療法の入門書だ。
エサレンのトレーニングの中で、ゲシュタルトセラピーのワークは体験していたけれど、
理論的に学んだり、文章化したものを読んでいなかったので
改めて確認することがたくさんあった。
本の中で、パールズが「勝ち犬=top dog」「負け犬=under dog
(正式にはbottom dog)」と呼んだ自分の中にある2つの心の状態が紹介されていて
最近の自分のテーマとつながり印象に残った。
「こうしなさい」「ああしなさい」と、いつも正しい事をいうトップドッグ。
「でものんびりしたいんだー。」と、いつもやろうと決めたことを
途中でやめてしまう負け犬のアンダードッグ。
この2匹はよくケンカします。
ほとんどの場合、2匹のゲームは終わらないのです。
私も毎日2匹のイヌの駆け引きを些細な事柄でもしているもんな。
勝ち犬は、思考の代表。人間の理性や社会規範に従おうとする「知性の声」です。
負け犬はからだの中に住んでいる心の声。
こころ、からだ、感情、直感などに従う、「ホンネの声」。
この2匹のイヌの吼え合いゲームを終わらせるには、
負け犬の声を認めてあげることにあるといいます。
実は、エネルギーを持っているのは負け犬の方で、自分の本音の方なんです。
勝ち犬の声は、赤ちゃんの時には聞こえません。
社会生活や家族の中で育つにつれ、居つくようになります。
社会や親の価値観が勝ち犬の声で、
負け犬の声が自分の本音や自分の価値観であるなら
勝ち犬の声だけを聞いていたら、一生負け犬はほえ続けることになります。
本当の自分の声(価値観)を受け入れた時、初めて2匹のゲームは終了します。
負け犬の方が実は勝ち犬なんですね!
ゲームはもうおしまいにしよう。
百武先生のワークショップが今年の秋ごろ金沢であると思います。
東京で受けたい方はこちらでどうぞ。
GNS(ゲシュタルト・ネットワークジャパン)
お勧めの1冊です
「気づきのセラピー ~はじめてのゲシュタルト療法~」
百武正嗣 著 春秋社発行
☆多くの方の人間関係で問題になる、「境界線」についてもわかりやすく書かれています。
境界線(バウンダリー)を知るだけで、ずっと楽になる人間関係もたくさんあります。
「からだ」から今の心の状態を感じるのがゲシュタルト療法。
分析やアドバイスは一切しない。
自分のきづきが癒しになっていくことを大切にする。
からだは心そのもの。どうやって感じていったらいいのか・・という
ゲシュタルト療法の入門書だ。
エサレンのトレーニングの中で、ゲシュタルトセラピーのワークは体験していたけれど、
理論的に学んだり、文章化したものを読んでいなかったので
改めて確認することがたくさんあった。
本の中で、パールズが「勝ち犬=top dog」「負け犬=under dog
(正式にはbottom dog)」と呼んだ自分の中にある2つの心の状態が紹介されていて
最近の自分のテーマとつながり印象に残った。
「こうしなさい」「ああしなさい」と、いつも正しい事をいうトップドッグ。
「でものんびりしたいんだー。」と、いつもやろうと決めたことを
途中でやめてしまう負け犬のアンダードッグ。
この2匹はよくケンカします。
ほとんどの場合、2匹のゲームは終わらないのです。
私も毎日2匹のイヌの駆け引きを些細な事柄でもしているもんな。
勝ち犬は、思考の代表。人間の理性や社会規範に従おうとする「知性の声」です。
負け犬はからだの中に住んでいる心の声。
こころ、からだ、感情、直感などに従う、「ホンネの声」。
この2匹のイヌの吼え合いゲームを終わらせるには、
負け犬の声を認めてあげることにあるといいます。
実は、エネルギーを持っているのは負け犬の方で、自分の本音の方なんです。
勝ち犬の声は、赤ちゃんの時には聞こえません。
社会生活や家族の中で育つにつれ、居つくようになります。
社会や親の価値観が勝ち犬の声で、
負け犬の声が自分の本音や自分の価値観であるなら
勝ち犬の声だけを聞いていたら、一生負け犬はほえ続けることになります。
本当の自分の声(価値観)を受け入れた時、初めて2匹のゲームは終了します。
負け犬の方が実は勝ち犬なんですね!
ゲームはもうおしまいにしよう。
百武先生のワークショップが今年の秋ごろ金沢であると思います。
東京で受けたい方はこちらでどうぞ。
GNS(ゲシュタルト・ネットワークジャパン)
お勧めの1冊です
「気づきのセラピー ~はじめてのゲシュタルト療法~」
百武正嗣 著 春秋社発行
☆多くの方の人間関係で問題になる、「境界線」についてもわかりやすく書かれています。
境界線(バウンダリー)を知るだけで、ずっと楽になる人間関係もたくさんあります。
2009-12-02 22:35:16
spaces between 意味のある「間」
週末はダンスWSと研修で上京してました。
ダンスの方は、以前から気になっていた、dance milacle を主催している
サハジャさんの「ボディ・ウィズダム~体の英知~」。
どんなことをするのかな~とワクワクで行きました。
手や足や耳、目、呼吸を感じながら、一つ一つの感覚に集中して
体を動かすワークです。耳に注目しながら体の感覚を感じてみたのは
初めての体験。意識的に感じてみると感覚が活性されていくのがわかります。それは、今自分としっかり一緒にいる=自分としっかりつながる
ことでもあります。踊っていると、体の感覚が次々に目覚めていくのが
おもしろかったです。
このWSは”個の感覚”を見ていくものなので、他者との関わりはありません。
ビオダンサのつながり感が少々恋しくも思え、ビオダンサのワークの中にたくさんの意図があることが改めてわかりました。
でも、サハジャさんの「5リズムダンス」も今度行ってみたいです♪
翌日からの研修では、今回自分がそこに行った意味を知ることとなりました。
「意味のある間」を見つけにいったのです。
最近は気分的にすっかり忙殺され、「間」を見失っていました。
アメリカインディアンのラコタ、ダコタ族などに受け継がれてきた
石と精油による背骨の浄化のセレモニーを学ぶ場だったのですが・・
インディアンたちは普段から「間」を大切にします。
その儀式の中にも「意味のある間」が多くあり
その「間」にヒーリングが浸透していくのです。
何かを行っている間だけが意味のあるセレモニーなのではなく
施術と施術の間も同じくらい大切な時間。
むしろ、一見何も起こっていないように見える時間こそ
受け手にとっては、変化を感じられる時間なのです。
施術そのものからも、先生との会話からも多くを学ぶ機会でした。
この素晴らしい「間」を経験することで、
私達は気づき、成長し、シフトしていくのですね。
このセレモニーは「レインバス」といいます。
そうです、レインドロップの原型になったといわれる背骨の浄化の儀式です。
私は、レインドロップの原型ということよりも
純粋にインディアンのセレモニーということに魅かれて学びました。
レインドロップとは全く質の異なる浄化の儀式です。
深くゆっくり石の波動と精油の波動が体にも魂にも溶け込んでゆく感じです。
メノウや玄武岩、ジェイドやローズクオーツなどに温度を加えて
精油とともに背骨を浄化していきます。
お顔やボディーも温・冷の石でマッサージしますので
顔・肩・首の筋肉も緩み、表情も柔らかく活き活きします。
石達は精油と一緒に素晴らしい仕事をしてくれる頼もしいヒーラーです。
来年の新しいステップに向けて、クリアにしたいものがある方は
特に良いです。近々提供をはじめます。
詳しくはまた後日。
ダンスの方は、以前から気になっていた、dance milacle を主催している
サハジャさんの「ボディ・ウィズダム~体の英知~」。
どんなことをするのかな~とワクワクで行きました。
手や足や耳、目、呼吸を感じながら、一つ一つの感覚に集中して
体を動かすワークです。耳に注目しながら体の感覚を感じてみたのは
初めての体験。意識的に感じてみると感覚が活性されていくのがわかります。それは、今自分としっかり一緒にいる=自分としっかりつながる
ことでもあります。踊っていると、体の感覚が次々に目覚めていくのが
おもしろかったです。
このWSは”個の感覚”を見ていくものなので、他者との関わりはありません。
ビオダンサのつながり感が少々恋しくも思え、ビオダンサのワークの中にたくさんの意図があることが改めてわかりました。
でも、サハジャさんの「5リズムダンス」も今度行ってみたいです♪
翌日からの研修では、今回自分がそこに行った意味を知ることとなりました。
「意味のある間」を見つけにいったのです。
最近は気分的にすっかり忙殺され、「間」を見失っていました。
アメリカインディアンのラコタ、ダコタ族などに受け継がれてきた
石と精油による背骨の浄化のセレモニーを学ぶ場だったのですが・・
インディアンたちは普段から「間」を大切にします。
その儀式の中にも「意味のある間」が多くあり
その「間」にヒーリングが浸透していくのです。
何かを行っている間だけが意味のあるセレモニーなのではなく
施術と施術の間も同じくらい大切な時間。
むしろ、一見何も起こっていないように見える時間こそ
受け手にとっては、変化を感じられる時間なのです。
施術そのものからも、先生との会話からも多くを学ぶ機会でした。
この素晴らしい「間」を経験することで、
私達は気づき、成長し、シフトしていくのですね。
このセレモニーは「レインバス」といいます。
そうです、レインドロップの原型になったといわれる背骨の浄化の儀式です。
私は、レインドロップの原型ということよりも
純粋にインディアンのセレモニーということに魅かれて学びました。
レインドロップとは全く質の異なる浄化の儀式です。
深くゆっくり石の波動と精油の波動が体にも魂にも溶け込んでゆく感じです。
メノウや玄武岩、ジェイドやローズクオーツなどに温度を加えて
精油とともに背骨を浄化していきます。
お顔やボディーも温・冷の石でマッサージしますので
顔・肩・首の筋肉も緩み、表情も柔らかく活き活きします。
石達は精油と一緒に素晴らしい仕事をしてくれる頼もしいヒーラーです。
来年の新しいステップに向けて、クリアにしたいものがある方は
特に良いです。近々提供をはじめます。
詳しくはまた後日。
2009-10-30 00:12:12
ヨガ ~体と対話する時間~
今日は、久々にヨガに行けました。
なるべくこの時間は自分の体のケアのために
用事を入れないようにしているのですが・・
どうしても、行けない時があります。
ヨガに行けないと、だんだん体が固まってきます。
行っているときは気づかないのですが
行かないと、ヨガに私の体がいかにお世話になっているのか
気づけるアリサマ・・
家では全くポーズをとることがないので
1週間に1回の90分はとても貴重です。
ポーズを取ると、痛みを感じるところや
硬いところ、呼吸にも気づけます。
(やわらかくなった所や、ゆったりした感じも)
無理してポーズを取るのではなく
「あー、できない。だめだわ。」とか
「体が硬いわ。年だわ。」などど自分をジャッジせずに、
ただ、「今の自分のからだを感じる」ことに注目していくと・・
自然に体との対話が始まります。
痛みや硬さは「ねぇ、気づいてよ!」という、からだからのメッセージ。
ゆっくり体を味わいながら、いろんな感覚を感じていくと
そこに気が行くので「氣」もめぐり
同時に体は賢いので、自分でもバランスを取り始める。
ひとつの気づきが波紋のように、全体に働きかけるのですね。
不思議だけど、からだは私たちが知っているより
ずーーーっと賢いのだ。
今日はそういう過程を楽しんだおかげで
ゆったり、まったり緩んで、ヨガが終わった後に立ち上がると
ずっしり緩んだからだがそこにはあって、重力をしっかり感じた。
足の裏が、ぴったり床に沈んでいるのよ。
いいね^^この感じ。
「気」が上がって緊張状態が続くと、
きゅーーっと筋肉も縮んで、重力を感じられなくなるのだろうね。
トリートメントやヒーリングを受けた後に感じる
「体の重さ」は、重力を感じて、しっかりグラウンディングした
証だとおもう。
体の感覚と共にいる時間を大切にしたい。
SeedsのHPはこちら
なるべくこの時間は自分の体のケアのために
用事を入れないようにしているのですが・・
どうしても、行けない時があります。
ヨガに行けないと、だんだん体が固まってきます。
行っているときは気づかないのですが
行かないと、ヨガに私の体がいかにお世話になっているのか
気づけるアリサマ・・
家では全くポーズをとることがないので
1週間に1回の90分はとても貴重です。
ポーズを取ると、痛みを感じるところや
硬いところ、呼吸にも気づけます。
(やわらかくなった所や、ゆったりした感じも)
無理してポーズを取るのではなく
「あー、できない。だめだわ。」とか
「体が硬いわ。年だわ。」などど自分をジャッジせずに、
ただ、「今の自分のからだを感じる」ことに注目していくと・・
自然に体との対話が始まります。
痛みや硬さは「ねぇ、気づいてよ!」という、からだからのメッセージ。
ゆっくり体を味わいながら、いろんな感覚を感じていくと
そこに気が行くので「氣」もめぐり
同時に体は賢いので、自分でもバランスを取り始める。
ひとつの気づきが波紋のように、全体に働きかけるのですね。
不思議だけど、からだは私たちが知っているより
ずーーーっと賢いのだ。
今日はそういう過程を楽しんだおかげで
ゆったり、まったり緩んで、ヨガが終わった後に立ち上がると
ずっしり緩んだからだがそこにはあって、重力をしっかり感じた。
足の裏が、ぴったり床に沈んでいるのよ。
いいね^^この感じ。
「気」が上がって緊張状態が続くと、
きゅーーっと筋肉も縮んで、重力を感じられなくなるのだろうね。
トリートメントやヒーリングを受けた後に感じる
「体の重さ」は、重力を感じて、しっかりグラウンディングした
証だとおもう。
体の感覚と共にいる時間を大切にしたい。
SeedsのHPはこちら
2009-10-15 23:11:44
目に見えて、みえないもの
最近、益々なじみのある”ボディー”への関心が深まります。
古典的な智恵とか実体・現実的なことが好きなのは
「本質が山羊座」だからかな。
アロマセラピーやヒーリング、今やっていることの全ての始まりは
ボディーワークへの興味が始まりだから。
私の中心、土台はそこなんです。
カラダが凝ったり、ゆがんだり、痛くなったりするのはなぜなんだろう。。
という疑問を探求してかれこれ10年近く
たくさんの遠回りもしながら今なお満足いく答えがなくて。
細胞にも意思や感情があるからなのか?
カラダの70%以上は水分だから、そりゃぁ、感情や意思を伝達するのよ。
とか、視野をミクロにしたりマクロにしたりして
肉体から離れて、心理や魂の見えない分野も覗いてみて
あーでもない、こーでもないとやっている結果
結局、自分自身のセラピーをしていることに気づいたのは
いつだったかしら。(遅いよねー汗)
でも、それでいいんだよね。自分が体験して確信を得ると腑に落ちる。
人間のカラダは本当に不思議な世界。
ある意味、「実体のアル、見えない世界」なのだと思う。
実体として見えてはいるけれど、まだまだ理解されてない「未知」の
「カラダだけが知っている智恵」がある。
解明はできないけれど、その智恵を丸ごと受け止めるってことが
人間を肉体とか細胞とか、こころとかに分けないで
丸ごと全部「人」として受け止める、と言うことなんだろうな。
この「あいまいさの部分」こそが人間の全体像を占める
大切なものなんじゃないかな。
精油だって、ほんの微量しかない成分が
その精油の香りの印象を特徴づけるものだったりするようにね。
最近ハマッた「筋膜」。
これもまた、摩訶不思議なネットワークであります。
見えるけど見えない不思議な体内ネットワークに
魅せられて、いろんなことに思いをはせる・・
秋ですね~。
SeedsのHPはこちら
古典的な智恵とか実体・現実的なことが好きなのは
「本質が山羊座」だからかな。
アロマセラピーやヒーリング、今やっていることの全ての始まりは
ボディーワークへの興味が始まりだから。
私の中心、土台はそこなんです。
カラダが凝ったり、ゆがんだり、痛くなったりするのはなぜなんだろう。。
という疑問を探求してかれこれ10年近く
たくさんの遠回りもしながら今なお満足いく答えがなくて。
細胞にも意思や感情があるからなのか?
カラダの70%以上は水分だから、そりゃぁ、感情や意思を伝達するのよ。
とか、視野をミクロにしたりマクロにしたりして
肉体から離れて、心理や魂の見えない分野も覗いてみて
あーでもない、こーでもないとやっている結果
結局、自分自身のセラピーをしていることに気づいたのは
いつだったかしら。(遅いよねー汗)
でも、それでいいんだよね。自分が体験して確信を得ると腑に落ちる。
人間のカラダは本当に不思議な世界。
ある意味、「実体のアル、見えない世界」なのだと思う。
実体として見えてはいるけれど、まだまだ理解されてない「未知」の
「カラダだけが知っている智恵」がある。
解明はできないけれど、その智恵を丸ごと受け止めるってことが
人間を肉体とか細胞とか、こころとかに分けないで
丸ごと全部「人」として受け止める、と言うことなんだろうな。
この「あいまいさの部分」こそが人間の全体像を占める
大切なものなんじゃないかな。
精油だって、ほんの微量しかない成分が
その精油の香りの印象を特徴づけるものだったりするようにね。
最近ハマッた「筋膜」。
これもまた、摩訶不思議なネットワークであります。
見えるけど見えない不思議な体内ネットワークに
魅せられて、いろんなことに思いをはせる・・
秋ですね~。
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